はじめに 斉藤淳は,著書の中で「情報の入手自体が容易になる技術変化が起こり続け,しかも人間の身体と外部情報が融合しつつある時代だからこそむしろ,人間は自らの能力を高めるために,また情報自体の価値がわかるように,ゼロから考える思考力が必要になる」(1)と述べている。 現代はあらゆる事柄について,めまぐるしい速度で改革,革新が起こり,先の見えない激しい変化の時代を迎えている。2045年には技術的特異点(シンギュラリティ)がおとずれ,人間の脳を超えた人工知能が自ら人工知能を開発する時代が来るとの予測もある。このように急激に変化する社会を生き抜くためには,主体的に問題を発見し,適切な情報を収集精査し,自ら考え,行動していく力が必要である。指示を受けてする作業的な事柄や,膨大な記憶の中から前例を引き出して実行する事柄は,人工知能が人間以上の能力を発揮していくと容易に予測できるからである。 現代はまた,グローバル化の時代である。様々な分野で既存の枠組みが外れ,再編されると考えられる。情報通信技術の進歩によって距離や時間を超えて世界中が瞬時に情報を共有し,つながる。価値観は多様化し,政治や経済の状況も,刻一刻と変わる。このような時代を生き抜くためには,従来の価値や常識にとらわれず,新しい価値を創造し,変化の先にある社会を創り出していく力が必要である。それには,一つの問題に対して様々な角度からアプローチしたり,その問題に含まれる様々な要素や背景に目を向けて考えたりする必要がある。また,自分の考えや価値観を主張し,他者の考えや価値観も受け入れながら,問題を解決し続ける必要がある。更に,新しい時代を拓こうとする意欲や態度も不可欠である。 一方,このように急激な変化は,不易なものを置き去りにしたり見過ごしたりする可能性がある。変化への対応と同時に,原点に立ち返ること,変わってはいけないものを見極めることも必要である。人間が蓄積してきた情報や知識のもつ価値を適切にとらえ,新しい時代にどう生かすかを,見通しをもって判断する必要がある。 このような社会の変化に対し,学校教育の中では,特に次のような力を付けた子どもたちを育成することが重要であると考える。 今子どもたちに付けるべき資質・能力は,各教科等の視点に立った見方・考え方である。そして,中学校 図書館教育 1(1)斉藤淳『10歳から身につく問い,考え,表現する力』NHK出版 2014.7 p.33 それらを活用して自分を取り巻く社会をより良く変化させようとする意欲や態度である。急激な変化の時代を生き抜いていくには,既存の知識や考えだけに頼ってもその変化に対応できないため,その知識や考えがどのように形成されたかを理解し,その考え方を活用する必要がある。また,一つの結論にたどり着いても,更に変化していく状況に対応するため,次の課題に向かっていく必要がある。それには,社会に存在する課題を発見し,的確にとらえる力と,課題をいかに解決するかを考え,そのプロセス自体を反芻し,改良し続ける力が必要である。そして,様々な角度から見た知識や情報,多様な考え方のプロセスを検討し,最適な結論を選択し,実行できることが重要である。 知識や情報は人工知能によってスピーディーに,そして簡単に手に入るようになった。人間に求められるのは,何のために,どの知識や情報を手に入れ,どのように使い,何を生み出すかを考えることである。また,変化の先にある新しい時代を創り上げるためには,一人一人の子どもたちに,自らがその担い手となって新しい時代を切り拓く意欲と能力が必要である。そしてそこには,多様な価値観の他者と共に,よりよい社会を作り上げようとする態度が不可欠である。 これらの資質・能力は,子どもたちが主体的・能動的に学ぶ中で育まれると考える。与えられる範囲の知識を得,内容を理解するだけにとどまらず,子ども自身の中から湧き出る疑問や興味関心を,納得いくまで追究したり,学校という協働して学ぶ場で,他者と共に課題解決する楽しさや充実感を味わったりすることで,自分で考え,学ぶ力を付けることが重要である。それは教育を受ける立場を離れ,社会に出た後にも,生涯必要となる力である。そして,このように学ぶことは,それぞれの子どもたちが,より良い人生を送るために,また,より良い社会を作っていくために,必要な力である。 本研究では,子どもたちが,生涯にわたって学び続ける力を付けるため,子ども自身の疑問や課題をもとに解決すべき問いを立て,様々な対象との対話を通して学ぶ学習について実践を行った。特に,学校図書館のもつ様々な情報や,学校図書館での様々な対話を意図的に活用し,子どもたちの学びを広げ,深める授業について研究を進めた。
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