中学校 道徳教育 16 二点目は良質な道徳教材の蓄積に繋がることである。中学校の教師は専門教科の担当であるためにそれぞれの専門家であることが多い。その利点を踏まえて,それぞれの得意な専門知識を生かした教材を作成することが可能となる。更にその教材を短期間で繰り返し行うことで改善し,推敲を重ねた状態で蓄積できるわけである。また,何週にもわたって授業を繰り返す際には,自分の担当教材のためにプレゼンテーションソフトなどを作 成するなど,教材資 料のひと手間の追加 なども行いやすくな る。その追加の一工 夫の様子を右の図の 2-7に示す。 図2-7 持ち回りでの一工夫 持ち回り道徳では,このように作成され手直しが重ねられた補助資料が蓄積できる機会が増えるのも強みだといえる。 三点目は教材準備担当者の負担軽減である。まだ正式な教科書が採用されていない現状では,毎週の道徳の教材を準備・提供することは担当者の大きな負担ともなっている。4ページの図1-6でも示したように,各種の教師への調査でも「適切な教材の入手が難しい」との悩みを訴える声が挙がっている。それが持ち回り道徳を行うことでその時期の教材研究は各教師が担当し,余裕が生まれるとともに,次年度に向けて,学年教師分の教材のストックが生まれるわけである。 四点目は生徒が多様な視点に触れる機会を提供できることである。小学校での道徳の時間は,人生の中で大切とされる道徳的諸価値について最初に獲得する時期であり,その提示する価値については,理解しやすいように単純化されることが重要である。しかし,中学校での道徳の時間は,より現実世界での実効性を伴った道徳的諸価値へのとらえ直しが求められる。中学校は義務教育の最 終学歴である以上,卒業の際には現実社会に適応するために必要とされる様々なスキルを付けることを考えるわけである。様々な教師が行う道徳の授業に生徒が触れることは,道徳教育で示される22の内容項目について,視点の違いによる多様なアプローチが存在することを知る重要な意味をもつ。多様な考えや立場,環境を背景にもつ教師が,22の道徳の内容項目に対して,様々な角度から焦点を当て,人が生きていくに当たって重要とされる諸道徳的価値について生徒に考えさせる。多様な側面から新たな視点の提示を受け,今までの考えや視点が一面的,限定的であることに気付いた生徒は,改めてその諸価値について考察し,考えを深化させていくのである。 このように中学校現場では「持ち回り道徳」の利点が多く確認できる。 それはひとえに中学校の道徳教育が,初期の道徳的諸価値の発見という段階を過ぎ,現実世界での諸価値のとらえ直しと道徳的実践への意欲喚起を図るという段階に入っているからだと思われる。具体的に述べると「家族は大事にしなければならない」という概念や言葉については,中学生であれば今までに必ず聞かされたであろうし理解している。しかし,価値の理解と行動化が直結している児童とは違い,自我の芽生えから,中学生はあらゆる諸価値についてまず「本当にそうなのか」というとらえ直しを行っている。そんな時期の中学生にとっては,「わかってはいるけれど,なかなか行動に移すことができない」となってしまう。物事を単純化してとらえていた世界が,メタ認知の広がりにより,様々な立場や可能性を慮ってしまい,身動きが取れなくなってしまうのである。 だからこそ,中学生の時期では,「道徳的諸価値に多様な面から迫りたい」という生徒の意欲を生かす形で行える「持ち回り道徳」は,より有効性を発揮できるのであろうと思われる。 もちろん,運用に当たっては何点かの注意点も存在する。例えば,年間の道徳の指導計画を立てる際に,道徳の22の内容項目はあらかじめ配置した上で,「持ち回り道徳」の時期を設定することを心掛けるべきである。道徳の年間設定時数は35時間であるので,毎週一つずつ違う内容項目を設定できれば13時間の猶予が生まれる。そこに学校ごとに設定された重点項目に対して,複数の授業を配当したとしても,きちんと計画的に道徳の授業が予定・運用されていれば,10時間ほどの「持ち回り道徳」が可能になるのである。 また逆に,持ち回り道徳のみに偏ることも推奨されない。なぜなら,道徳の評価を行うに当たっては統一した視点が必要であり,それに該当するのはやはりより生徒理解の積み上げがある担任が望ましいからだ。 さて現在,道徳の教科化に伴い,検定教科書が導入されることが進められている。文部科学省も道徳の教科書導入に向けて,その検定方針を平成27年7月に報告書を取りまとめ,各出版社も作成に動き出した。そのことを考えれば,いま,「持ち回り道徳」を実施して,新たな教材・資料を開
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