ゆえに,ほめること,成功体験を積ませることで自尊感情を高めようということは通用しなくなってくる。その結果,学年が上がるにつれて児童生徒の自尊感情が低下しているという現状を生んでいるのではないだろうか。ここで改めて,自尊感情とはいかなるもので,どのようにして高まるのか,もしくは,高められるのかについて,先行研究をもとに考える。 近藤は,著書の中で,自尊感情には「社会的自尊感情(Social Self Esteem)」と「基本的自尊感情(Basic Self Esteem)」という二つの領域があると述べている(24)。社会的自尊感情は,他者との比較によって成立し,基本的自尊感情は,他者との「体験の共有」と「感情の共有」によって成立するとしている。そして,これら二つの自尊感情のうち,社会的自尊感情は,環境や他者との関係の中で変化するが,基本的自尊感情は,一度形成されると容易に崩れることはないと説明している。また,ほめる,成功体験を積ませるといった行為は,社会的自尊感情の成立には効果があるが,それだけでは十分とはいえず,生涯を通じた自尊感情により大きな影響をもつ基本的自尊感情の涵養のためには,学校現場での「体験の共有」や「感情の共有」が重要であると述べている。 梶田は,教育フォーラム20「自信とプライドを育てる」の中で,「自分自身に自信をもち,人間としてのプライドをもつことは,いじわるやいじめに負けない力,更には,偏見や差別をはね返す力の必須条件である。現実的な基盤をもつた自信やプライドが自尊感情である」(25)と述べている。 現実的な基盤とは,成功体験だけでなく失敗体験や挫折などを含めた課題克服体験だという。失敗や挫折を繰り返しながら身に付けた成就感や達成感が,優越感,あるいは,他者との比較ではない真の自信とプライドを育てるというのである。そのために必要なものとして,失敗を乗り越えて新たに挑戦していく強さを挙げ,その強さを支えるものが,親や親友,教師の情意的,感情的なサポートなどであると述べている。情意的・感情的サポートとは,お膳立てや甘やかしではなく,親や教師,親友による温かなまなざしや,特別な時にだけ手を差し伸べるといったサポートである。人間にとって,それらのサポートが,承認され,受容されたと感じる体験となり,失敗や挫折を乗り越える原動力となるというのである。 二氏に共通することは,自尊感情の育成には,他者との関わりが欠かせないということ,そして,人権教育 8 その関わり方が,児童生徒の自尊感情の在り方に大きく影響を及ぼすということではないだろうか。つまり,自尊感情を高めるためには,他者と協働的に関わる能力が必要となり,そのためには,他者に対する肯定的な見方,意識が必要になると考える。では,他者に対する肯定的な意識とは,どのようなものなのだろう。 他者に対する意識についての研究では,「他者意識」という表現が使われていることが多い。 辻は,自己意識と他者意識の研究の中で,他者意識を「自己の視点から見たときの他者への注意や関心」として,「内的他者意識」,「外的他者意識」,「空想的他者意識」の三つに分類している。この三つの分類のうち,他者の気持ちや感情などの内面情報を敏感にキャッチし,理解しようとする意識を「内的他者意識」(26)と説明している。 この研究では,自己の内面への関心が強い人は他者についても内面への関心が強く,自己の外面への関心が強い人は他者の外面への関心が強いという結果が出ており,自己意識と他者意識を総体としてみた場合,自己に関心を向けやすい人は,他者にも関心を向けやすいと結論付けている。この関心が必ずしも意識の内容に結び付くとはいえないが,自己に対する関心や意識の向け方が肯定的であり,高い自尊感情をもつことができれば,他者に対する意識も肯定的な認識へと高まると考えられるのではないだろうか。 このようにみてくると,「自分の大切さを認める」ことによって,「他の人の大切さを認める」ことができるようになるという[とりまとめ]の主張は説得力をもち,このことによって,「自分の大切さとともに,他の人の大切さを認めること」ができるような児童生徒の人権感覚が育成されると考える。 第2節 京都市の学校における人権教育 (1) 「《学校における》人権教育をすすめるに京都市では,平成14(2002)年に,これまで長年にわたり取り組んできた人権教育の成果と課題を整理し,進むべき方向性を示すものとして指針が策定された。その後,人権を取り巻く社会状況の変化に伴って複雑化,多様化する人権課題に対応するために,平成22(2010)年3月に改訂指針が出されている。以下は,指針に示されている京都市の人権教育の目的である。 あたって」
元のページ ../index.html#10