りを覚えるが,その後の「明るい世界なのに楽しくない人々」という言葉を見ると,この生徒の指す成功とは,その時々の気持ちに左右されたり,殻に閉じこもったりするのではなく,確かな目で物事や世界を捉えられるということのような印象を受ける。どちらの生徒も「ゆっくり」という言葉から作者の思いを受け取っていることも分かる。このように作者の思いを受けて,「では,今自分が見つけたい鍵は」という「問い」に対する答えとして,以下のように記述している。 ●過去にあったことを後悔したり,憎んだりしてしまう ○私は人とコミュニケーションをとることが苦手で,周 (下線は筆者による) この記述からは,二人にとっての「ゆっくり」 が何か読み取れる。「過去があるから今の自分がい る,今を大切に生きる」「人に話しかけて人の心の扉を開けようと必死になる前に,まず自分の心の鍵を開ける」この二つに共通するのは,当たり前のことでありながら何かに囚われていると忘れてしまいがちなことであり,どちらも自分の見方や心の在り方に関わることである。作者の思いを読 み取ることを通して,今の自分について考えられ ている。二人がこのような気付きを得る鍵がこの 134 なぜだろう。 を読み取るために…2班と3班と6班の問いね。何に対しての鍵なのか。物質的にドアを開けるための鍵じゃなくて,鍵って一体どういう存在なんっていうところだね。それから… であると判断した「問い」と,それを教師が整理していく様子を示したものである。 各学習班から提示された「問い」 (1班)作者は,何を思ってこの詩を書いたのか。 (2班)鍵は何を喩えているのだろう。 (3班)それぞれ何に対する鍵なのか。 (4班)生き急ぎ,死に急ぐ人々の群れとは。 (5班)見る人が見たら,鍵が燦然と輝いて見えるのは (6班)第四連の話が全然違う気がするが,なぜか。 鍵は,茨木さんにとって,どのようなものなか。 全体での共有場面(T:教師 S:生徒) T「じゃあ,まず一番大きな問いってどれかな。」 S1「何を思ってこの詩を書いたのか。」 T「うん,この詩に…込められた…何?」 S2「この詩を読んで知ってほしい…」 S3「思い!」 T「なんでこの詩を書いたんだろうってことだね。それ この学級の場合,主題につながるような「問い」が最も読みの過程が進んだ段階に位置する「問い」 であり,その「問い」を解決するために,まず何を考えたらいいかという形で教師が順序立てて整理している。最終的に,生徒の「問い」を基に教師が提示した課題は次の三つである。 Q1:「鍵」とは何か。(2・3・6班) Q2:第四連は何を表現しているのか。(6班) Q3:「鍵」を見つけられるのは,どのような人か。 (4・5班) これらの「問い」について考えた後,最後に1班の「何を伝えたかったのか」ということについて考える。B校においても,考えの形成に関わるような「問い」までは至らなかったため,これまでの学習とつなげつつ,感想を書く前に教師から④の「問い」にあたる大きな課題を提示している。 (3)生徒の記述から 生徒の「問い」を生かしながら進めた授業の様子について述べてきたが,その結果,生徒がどのような記述をしていたか紹介する。B校において学習班から出された「問い」のうち,表2-2③の「問い」に分類されそうな「問い」が,「作者は何を思ってこの詩を書いたのか」という「問い」であり,表3-2で教師が想定していた「詩に込められたメッセージは」という「問い」と同意義のものである。この「問い」に対する生徒の考えを以下に例示する。 ●世界は成功する可能性に満ち満ちているのに,この頃 ○後悔する前にゆっくり人生を歩もう。鍵を見つけよう (下線は筆者による) ●の生徒の「成功する」という言葉に引っ掛か やることばかりに追われる人など自分に余裕がなくて鍵の存在に気付けていない人がいる。例えば,明るい世界なのに楽しくない人々。だから,ゆっくりと探し出してほしい。 と思うのであれば,落ち着いて探さなければならない。 ときがあり,それでは前に進めないと思ったので,前に進む鍵がほしい。過去を振り返らず,そのことがあったから今の自分がいるというポジティブな気持ちをもつ。もし振り返ることがあっても,後悔のないように今を生きる。 りの人に気をつかわせてしまうことがよくある。私はたくさん人としゃべりたいと思っても,どのように話 しかけていいか分からず,結局気まずいまま終わってしまう。だから,私は人の心の扉を開ける鍵がほしいです。人とたくさん話して共通の話題を見つけると鍵も見つかると思います。でも,先に私が心の扉をあけることが大切だと思いました。 中学校 国語科教育 10
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