1年次の研究ではこの問題を解消するためにストレスマネジメントに関わる指導を行ったが,本研究ではSST指導の段階で工夫を行い,スキル使用時の成功体験を増やすことを目指す。 具体的には,SSTで指導するソーシャルスキルを実際に使用する際の状況を多様に想定し,それらを指導の中に盛り込む。例えば,「分からないことを質問する」というソーシャルスキルを指導する際,「相手に呼びかける」「分からないことを相手に伝える」「教えてもらったらお礼を言う」というスモールステップを設定したとする。このうち「相手に呼びかける」を指導する場合,“相手の名に先生,さん,くんなどの敬称をつけて相手を呼びましょう”と指導するのが一般的ではないだろうか。しかし,児童生徒が現実場面で遭遇する状況によっては,これだけでは相手に呼びかけられない場合がある。相手の名前を知らない,テスト中で声を上げることができない,周りが騒がしくて声が届かないなどの状況である。このような状況を指導者が多く想定し,「相手の名前が分からないときはどうすればいい?」「テスト中だったらどうする?」といったように,児童生徒自身がその場面を想起しながらスキルを応用する体験を指導の中に含めるのである。 これにより「相手に呼びかける」というスキルが「相手の名に先生,さん,くんなどの敬称をつけて相手を呼ぶ」という単一の使い方ではなく「相手に目配せする」「静かに挙手する」「肩をたたいて振り向かせる」など,バリエーションを持ったものに変化し,その中から適切と思われるものを自分で選択し,使用することができるようになるのである。 このようにソーシャルスキルを柔軟に捉え,SSTの中で様々な状況でどう振る舞えば良いかを知っておくことで,より成功しやすいと思われるスキルを児童生徒自身が選択することができ,仮に指導の中に含められなかった場面に遭遇したとしても場面に合わせて児童生徒自身がスキルを修正して用いることができるようになるのではないかと考えている。本研究において,スキルの応用場面を想起させ,スキル使用時の複数のバリエーションを指導するこのような指導を「二段階SST」と呼称する。 (10)上野一彦・岡田智 『特別支援教育 実践ソーシャルスキルマニュアル』 明治図書 2006 小学校 総合育成支援教育 13 研究協力校2校において実践を行った。このうちA校では第三学年で4つのソーシャルスキル,B校では第六学年で3つのソーシャルスキルについて学級SSTを行った。またB校においてはLD等通級指導教室とも連携し,指導を進めた。この章では図2-2(p9)で示した実践の流れに沿って,具体的な内容や得られた結果,その際に見られた児童の様子等について述べる。 第1節 指導まで (1)ターゲットスキルの設定 児童のソーシャルスキルに関わる力を多角的に捉えるため,担任による他者評価と児童自身による自己評価を行った。これらをソーシャルスキルチェックシステムの中で分析し,得られた結果を比較・統合したうえでターゲットスキルを設定した。ここでは,最も課題があると思われるソーシャルスキルをターゲットスキルに設定するのではなく,指導時期や児童の実態を鑑みた担任の思いを踏まえ,最終的には指導対象者である児童が選択できるようにした。 図3-1はソーシャルスキルチェックシステムによって算出された,各ソーシャルスキル項目における二者の素点合計を例示したものである。 図3-1 項目ごとの素点合計比較 ここでは項目ごとに担任,児童それぞれの合計点が示され,同時にこの二者の平均点を基に降順で並んでいる。上位の項目は担任の項目と比較した時に,強みであり得意であると捉えることができる。反対に下位の項目は,弱みであり不得手であると捉えることができ,改善を図るべき項目と考えられる。 このような比較シートや対象児童の長期的な変容や困りを抱える領域を把握するための評価点シ75 第3章 指導の実際
元のページ ../index.html#15